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東京地方裁判所 平成4年(ワ)14616号 判決 1994年8月30日

原告

甲田乙治

右訴訟代理人弁護士

草島万三

被告

日本ロール製造株式会社

右代表者代表取締役

青木基信

右訴訟代理人弁護士

吉田曉充

主文

一  原告は、被告に対し、雇用契約上の権利を有することを確認する。

二  被告は、原告に対し、金三九〇万円及び平成四年八月以降毎月二五日限り、一か月金六五万円宛支払え。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

主文同旨

第二事案の概要

一  本件は、被告の従業員である原告が訴外東京不動産実業株式会社(以下、東京不動産実業という。)に出向していたところ、平成三年二月二五日に出向元の被告によって懲戒解雇されたものであり、原告は、右懲戒解雇の効力を争い、被告に対し、雇用契約上の権利を有することの確認並びに右懲戒解雇後である平成四年二月以降同年七月までの賃金合計金三九〇万円、及び同年八月以降毎月二五日限り、一か月金六五万円宛の賃金の支払を求めた事案である。

二  基礎となる事実関係

次の事実は、当事者間に争いがないか、(証拠略)、原告本人尋問の結果(一、二回)及び弁論の全趣旨によって認められる。

1  被告は、製鉄用機械、圧延機、各種ロールの製造販売を主たる業務とする資本金四億九八〇〇万円、従業員数約二六〇名の株式会社である。

東京不動産実業は、不動産の売買、管理を主たる業務とする資本金二〇〇万(ママ)円、従業員約二〇名の株式会社であるが、その株式は、全部被告及び被告の代表取締役青木基信(以下、基信という。)一族が支配しており、被告本社や江戸川工場の営繕業務を主体とする被告の子会社である。

2  原告(昭和一二年二月一三日生)は、明治大学を卒業後、昭和三七年に被告に入社し、本社経理課、庶務課、経理課を経て、昭和四九年、東京不動産実業が設立された直後に同社に(在籍)出向し、同五八年から同社の取締役に就任していたが、平成三年二月一八日、同社の臨時株主総会で取締役を解任(以下、本件解任決議という。)され、次いで同月二五日付けで、出向元である被告から懲戒解雇(以下、本件懲戒解雇という。)の意思表示を受けた。

3  原告の賃金は、本件懲戒解雇当時、一か月金六五万円であり、毎月二〇日締切で二五日払の約束であった。

三  争点

本件懲戒解雇が、権利濫用に当り無効かどうかが争点であり、被告は、左記1のとおり懲戒解雇事由を主張し、原告は、右無効事由として、左記2のとおり主張する。

1  本件懲戒解雇事由(被告の主張)

<1> 原告は、平成三年二月一八日、東京不動産実業の代表取締役である訴外北爪弘道(以下、北爪という。)を介し、基信に対し、「今般、中傷により私を解任することになることについて一言申し述べます。私の霊感によると、私を中傷した本人、その三親等内の親族及び特別縁故者の中に、社会的、経済的、精神的及び肉体的に(不具、最悪の場合死)苦痛が発生することを予告する。近い将来必ず。」との脅迫めいた手紙(以下、本件手紙という。)を提出した。右行為は、被告の懲戒解雇事由を定めた就業規則六三条三号(「他人に対し、脅迫を加え又はその業務を妨害した時」)に該当する。

<2> 原告は、東京不動産実業に在勤中、接待費の支出に当り、事前に接待承認書に接待先、日時、予定金額等を記入して同社の承認を得るという職務規則があったのに、これに全く従わず、勝手に独自に接待費を支出し、後で同社につけをまわすという行為があった。右行為は、前記就業規則六三条四号(「職務上の指示命令に不当に従わず職場の秩序を乱したり乱そうとした時」)に該当する。

<3> 東京不動産実業は、昭和六二年四月一八日、東武緑地建設株式会社(以下、東武緑地建設という。)と協定を締結し、東京不動産実業は、千葉県山武郡成東町に開設を計画していたゴルフ場(以下、成東ゴルフ場という。)の建設事業から撤退する見返りに金一億円の支払を受けることになった。昭和六二年七月二一日、右金一億円の内金二〇〇〇万円が支払われたが、その際、東武緑地建設に同行してきた同ゴルフ場の予定建設業者である訴外株式会社熊谷組(以下、熊谷組という。)は、原告が昭和六二年三月六日、熊谷組から金一〇〇〇万円の借入をし、これを訴外小川武信(以下、小川という。)に地上費用として渡しているからとして、右一〇〇〇万円を前記二〇〇〇万円から差し引いた。小川に渡された一〇〇〇万円は、北爪に無断で支払われ、その返済のみ同社が負担することになったものである。北爪は、小川に対する右一〇〇〇万円の支払を昭和六二年七月二一日になって初めて知り、同支払の領収証が原告宛となっており、東京不動産実業が熊谷組から金銭を借入れしたこともなかったことから、これを仮払金として処理した。

また原告は、平成二年二月一五日、北爪に対し、サラ金に返済を迫られているので金一一〇万円を仮払金で出金してほしいと告げたことから、北爪は、これに応じて右金員を原告に渡した。仮払金については、規則上、二週間以内で返金或いは会社のために支出した旨及びその領収証を添えて報告することになっているにもかかわらず、原告は、平成二年一一月三〇日、合計金九万八三四七円を返済したのみ(北爪が一六五三円を立替え、一〇万円の返済として処理した。)であり、会計上、その後更に北爪が一万円を立替え、九九万円の仮払金として処理している。

右各行為も、前記就業規則六三条四号(「職務上の指示命令に不当に従わず職場の秩序を乱したり乱そうとした時」)に該当するものである。

2  本件懲戒解雇の無効事由(原告の主張)

<1> 平成元年六月初旬頃、基信は、突然東京不動産実業の事務所に原告を訪ねて来た。同人は、その息子で、被告の常務取締役である訴外青木要助(以下、要助という。)一派から、社長を解任されそうなので、これを阻止するために協力してほしいとのことであった。被告会社において昭和三八年頃から同四九年にかけて大労働争議が発生したことがあったが、原告は、労務担当課長として、労務担当副社長であった基信と共に、その解決に寝食を忘れて尽力し、基信から深い信頼を得ていたのである。原告は、右要請を受け、翌平成二年八月一五日まで、頻繁に基信と打合せを行い、大株主の同意を得るなど日夜努力した結果、平成二年八月一五日の被告の臨時株主総会で社長支持派の役員増員に成功して、社長解任を阻止した。

ところが、基信は、まもなく要助と和解し、要助を被告の専務取締役に昇格させ、同人が事実上実権を有するようになると、社長支持派に対する報復措置がとられるようになり、平成二年一二月一三日頃までに、社長支持派として取締役に就任した者の大半を退任させ、更には平成三年二月二日、東京不動産実業の資本金を金一〇〇〇万円から金二〇〇〇万円に増資し、これを被告に割当てて取締役解任に必要な特別要件を充足させた上、同年二月一八日、東京不動産実業の臨時株主総会において、原告を同社の取締役から解任するに至った。

原告は、平成三年二月一八日、右のような不当かつ報復的な取締役解任に直面し、基信の背信・裏切行為に抗議するため、本件手紙を提出したものである。本件手紙は、個人的信頼関係を破壊した基信に対して発信したもので、会社の企業秩序とは直接関係がない私的性格のものである。また、その内容に穏当を欠く点がないではなく、内心忸怩たるものがあるが、原告は、最も信頼していた基信から想像もできなかった仕打ちを受けたため、混乱してかかる行動に及んだものであって、その心情を察するべきである。

<2> 昭和六一年三月頃から、東京不動産実業は、成東ゴルフ場の開発事業に関与し始め、昭和六二年三月六日頃、地上費用として小川に小切手で金一〇〇〇万円が支払われたが、右小切手を交付したのは、北爪自身であり、同人は、その領収証も保管していた。東京不動産実業の代表者印はもとより、銀行登録印、小切手帳、銀行通帳、その他経理関係商業帳簿は、全て北爪が管理しており、金銭の出納は、経理責任者である北爪自身が行っており、原告が同人に無断で熊谷組から金一〇〇〇万円を借り入れ、これを小川に支払うことなどあり得ない。

<3> 原告は、平成二年二月一五日、サラ金からの追及を逃れるために、現金一一〇万円の支出を受けたことはない。原告が右金員を北爪から受け取ったとしても、それは、会社のために職務上の行為の一環として支出されたものと考えられる。その出金に当たっては、決裁書や出金伝票が作成・提出され、北爪の承認を受けているはずであるが、被告は、右決裁書等を提出しないのである。

<4> 被告の主張<2>、<3>は、いずれも本件懲戒解雇の当時、何ら問題になっておらず、平成五年三月頃になって初めて主張し始めたものである。原告は、東京不動産実業に対し、本件解任決議は正当事由に基づくものでないとして損害賠償を求める訴えを提起した(東京地方裁判所平成三年(ワ)第七八三一号損害賠償事件)が、同裁判中にも、右各主張がされたことはなかった。

<5> 被告の主張<2>、<3>については、いずれも東京不動産実業における行為であって、これが被告会社における懲戒解雇事由にはなりえない。

<6> 本件懲戒解雇は、原告に対し、弁明の機会を与えないで一方的に行われたもので、デュー・プロセスに反している。また、相当性の原則に反し、情状の判定を誤った著しく過酷なものであり、懲戒権の正当な範囲を逸脱しており権利濫用として無効である。

第三争点に対する判断

一  被告の主張<1>について

1  前記基礎となる事実と、(証拠略)、原告本人尋問(一回)の結果、弁論の全趣旨によると、被告会社は、代表取締役である基信とその一族の支配する同族会社であったが、平成元年六月初旬頃、基信は、突然東京不動産実業の事務所に原告を訪ねて来て、同人がその息子で、被告の常務取締役である訴外青木要助(以下、要助という。)らから、社長を解任されそうなので、これを阻止するため協力してほしいとの要請をした。基信と原告の間柄は、原告が東京不動産実業に出向する前、被告会社において昭和三八年頃から同四九年にかけて大労働争議が発生したが、原告は、被告会社の労務担当課長として、労務担当副社長であった基信とともに、その解決に寝食を忘れて尽力したことがあり、基信は、原告を深く信頼していたものである。原告は、右要請を受け、翌平成二年八月一五日までの間、頻繁に基信と打合せを行い、大株主の同意を得るべく努力した結果、平成二年八月一五日の被告の臨時株主総会で基信を支持する者として、基信の弟である訴外青木活與(以下、活與という。)らを取締役として就任させることに成功し、基信解任を阻止することができた。ところが基信は、その後まもなく要助と和解し、要助を被告の専務取締役に昇格させ、同人が事実上実権を有するようになると、平成二年一二月一三日頃までに、活與ら社長支持派として取締役に就任した者の大半を退任させた。そして、東京不動産実業は、資本金一〇〇〇万円のうち、基信が五〇〇万円、活與が五〇〇万円を保有していたところ、活與が原告の取締役解任に賛成しないとみてとると、平成三年二月二日、東京不動産実業の資本金を金一〇〇〇万円から金二〇〇〇万円に増資し、これを被告に割当て、取締役解任に必要な特別要件(商法二五七条、三四三条)を充足する手筈を整えた上、同年二月一八日、東京不動産実業の臨時株主総会において、原告を同社の取締役から解任した。原告は、同日朝出勤した際、初めて北爪から、取締役を解任されることになっていると聞かされ、気が動転し、被告の主張<1>のとおりの手紙(本件手紙)を書き、基信に対して読み上げてほしいといって、これを北爪に渡した。

引き続いて同年二月二五日、被告会社において、代表取締役である基信、取締役である要助、訴外大塚弥一郎、同須賀武彦、同青木洋武及び監査役である訴外吉川輝男が出席して原告に対する懲罰委員会が開かれた。同委員会では、本件手紙は脅迫文であり、葛西警察署に告発してあること、原告の近年における行状等に関する発言・説明がされた結果、全員一致で原告を懲戒解雇することを決定し、同日、原告に対し、その旨の通知を発した。

以上の事実が認められる。

2  右認定事実によれば、本件手紙は、原告との信頼関係を裏切り、東京不動産実業の取締役を解任した基信やその親族らに何らかの危難が降りかかることを暗示するような内容であり、不当な人事に関する非難の意味を込めたものであって、全くの私信であるとはいいえず、また表現に穏当を欠くところがあり、一応、被告の就業規則六三条三号(「他人に対し脅迫を加え又はその業務を妨害した時」)に該当する。しかしながら、基信らの身辺に危険が差し迫っているような客観的状況は何もなく、基信らが、本件手紙によって畏怖を覚えたとは思えないこと、原告は、信頼していた基信から裏切られ、深く失望するとともに気が動転し、基信の宗教的感情に訴えて抗議の意思表示をするべく本件手紙を提出したものと認められ、その動機には同情すべき点があるし、原告は、その後右手紙を発信したことを反省していること、本件手紙により、被告会社の業務活動に支障を及ぼしたような形跡は一切認められないことに照らすと、本件手紙の提出を理由としてなされた本件懲戒解雇は、使用者に許された懲戒権行使の権限の範囲を著しく逸脱したものであり、解雇権の濫用であると認められるから、本件懲戒解雇は無効というべきである。

二  被告の主張<2>について

前記基礎となる事実と、(証拠・人証略)、原告本人尋問の結果によれば、東京不動産実業では、代表取締役である北爪が経理責任者であり、経費支出の必要がある場合、決裁書や出金伝票を北爪に作成・提出し、同人の承認を得た上で、金員の支出を行っていたものと認められ、接待費のようにさ程多額でなく、随時支払の必要がある金員の場合には、後日原告から北爪に対して出金伝票と、原告が捺印した領収証を提出し、北爪の承認を得て金員の還付を受けていたことが認められる。そして、このような支払方法をとっていたことについて、原告が東京不動産実業に在籍中はもちろんのこと、本訴において平成五年五月一〇日付け被告準備書面で主張されるまで、被告会社や東京不動産実業で問題とされたことはなかったものと認められる。(<人証略>)は、前記懲罰委員会において、接待費について、原告に何度も注意したにもかかわらず、事前承認を経ずに支出されていたことが問題となった旨証言するが、原告は、右注意を受けた事実を否定する供述をしており、東京不動産実業のような小規模の会社で右のような厳格な手続を措ることを要求していたとは考えられず、また懲罰委員会議事録(<証拠略>)には、「原告の近年の行状について説明があった」との抽象的な記載しかなされておらず、右証言を採用するに足りないというべきであり、仮に懲罰委員会において右問題が討議されたことがあったとしても、これが原告の懲戒解雇理由として重大視されていなかったことが窺われる。

そうすると、接待費の支出方法に関する事実をもって、被告の就業規則六三条四号(「職務上の指示命令に不当に従わず職場の秩序を乱したり乱そうとした時」)に該当する懲戒解雇理由が存在しないか、又は解雇権の濫用として本件懲戒解雇は無効というべきである。

三  被告の主張<3>について

1  (証拠・人証略)の結果によれば、東京不動産実業では、昭和六一年三月頃から、訴外有限会社基商事(以下、基商事という。)の代表取締役であった訴外川口馨の紹介で、成東ゴルフ場の開発計画に関わるようになり、昭和六一年一二月三日、「ゴルフ場の経営」を事業目的に加え、建設業者兼資金提供者として熊谷組を同ゴルフ場開発計画に参画させることになった。そして、基商事、開発同意の取得及び地上げを担当していた訴外流山建材株式会社及び小川武信、東京不動産実業並びに熊谷組東京支店との間で、業務分担を定める基本協定書(<証拠略>)が締結され、次いで昭和六二年一月一七日、東京不動産実業、熊谷組東京支店及び基商事との間で、右同様業務分担を定める基本協定書(<証拠略>)が締結された。同協定書では、東京不動産実業は、成東ゴルフ場開発事業の事業主として、事業資金の調達等の業務を担当するものと定められているが、実際には、熊谷組が資金提供するものと了解されていた。従って昭和六二年三月六日、東京不動産実業から小川に対し、地上費用として金一〇〇〇万円が支払われたが、同金員は、実際には熊谷組から提供されたものである。その後東京不動産実業は、成東ゴルフ場の開発計画を推進するに当り、熊谷組から親会社である被告会社の債務保証を求められたが、被告会社はこれに応じなかったため、成東ゴルフ場の開発事業の事業主の地位を東武緑地建設に譲渡することとなり、昭和六二年四月一八日、東武緑地建設、東京不動産実業、熊谷組東京支店及び基商事との間で基本協定書(<証拠略>)が締結され、東京不動産実業は、右開発事業の事前協議が終了したときに、同事業から撤退するものと約された。そして、同月二八日、東武緑地建設は、東京不動産実業に対し、右地位譲渡の対価として、合計金一億円の支払を約した。右金一億円については、そのうち昭和六二年七月二一日に金二〇〇〇万円、同年一二月一七日に金一〇〇〇万円、同六三年一〇月二一日に金二〇〇〇万円、平成二年七月一二日に金一〇〇〇万円、合計金六〇〇〇万円が支払われたが、昭和六二年七月二一日に金二〇〇〇万円の支払がなされた際、東武緑地建設に同行してきた熊谷組は、東京不動産実業に貸金一〇〇〇万があるので返済してもらいたいとして、同金員を差引いた。

以上の事実が認められる。

2  (証拠・人証略)の結果によれば、平成二年二月一五日、東京不動産実業から原告に対し、金一一〇万円の仮払(小切手)がなされ、同会社の第一七期(平成元年一二月一日から同二年一一月三〇日まで)及び第一八期(平成二年一二月一日から同三年一一月三〇日まで)各決算報告書(<証拠略>)の貸借対照表の資産の部に仮払金九九万円として計上されていることが認められる。

3  まず、小川への昭和六二年三月六日の金一〇〇〇万円の支払については、原告は、北爪とともに右支払をしたと供述しているところ、その信憑性はともかく、右支払にかかる領収証は東京不動産実業において保管していたのであり、成東ゴルフ場開発計画の進捗状況について、その都度原告から報告を受けていたものと認められるから、北爪において、その頃右支払がなされたことは、十分承知していたものと推認される。そして、右金員が熊谷組の負担するものであったので、昭和六二年七月二一日に東武緑地建設から支払われた金二〇〇〇万円のうちから差引かれたものであると考えられるが、その責任が原告にあるということはできない。もともと東武緑地建設からの入金は原告の働きによって獲得したものであることはさて置くとしても、右認定のとおり、昭和六二年三月六日に小川に対して金一〇〇〇万円の支払がなされたことは北爪自身承知していたことであり、同人の判断により、熊谷組に対する右一〇〇〇万円の差引返還に応じたものと認めるべきである。(証拠略)によれば、北爪は、仕訳日記伝票において、昭和六二年七月二一日、熊谷組から金一〇〇〇万円を借入れ(同年三月六日実行分)、小川に金一〇〇〇万円を仮払いした(同年三月六日実行分)ように処理したことが認められるが、北爪が経理上どのように処理したかは原告の関知するところでなく、北爪自身、右借入金の税務上の取扱については、「(熊谷組から成東ゴルフ場の開発事業主の譲渡対価の)残金四〇〇〇万円が入金されたときに処理すればよいと考えていた。」旨証言しており、原告に何らかの責任が発生するものとは考えていなかったことが認められる。

次に、原告に対する金一一〇万円の仮払については、北爪は、原告から「高利貸しに借金があり、どうしても今日までに返さなければならないから何とか一時的に仮払いで出してくれといわれた。」旨証言するが、これを裏付ける客観的証拠は何もなく、右証言を否定する原告本人(二回)尋問の結果に照らして採用できず、被告が右出金に当り添付されたはずの決裁書や出金伝票を提出しないため、結局その使途は不明というほかないが、前記二記載のとおり、原告は、決裁書や出金伝票に使途等を記載し、会社の業務活動に必要な金員として北爪の承認を受けた上で支払を受けていたものと認められ、右仮払後、原告がその清算を迫られたりした形跡はなく、平成五年三月二三日、東京不動産実業が原告に対し、取締役責任追及の訴え(東京地方裁判所平成五年(ワ)第五一七六号)を提起するまで、その使途について問題にされたことはなかったものと認められる。なお、この点は、前記成東ゴルフ場関係の金一〇〇〇万円の支出についても同様である。

(人証略)は、前記懲罰委員会において、前記金一〇〇〇万円(同金員は、決算報告書中の貸借対照表において「立替金」として計上されている。)や仮払金一一〇万円が未清算のまま残っていたことが問題となった旨証言するが、懲罰委員会議事録(証拠略)には、「原告近年の行状について説明があった」との抽象的な記載しかなされておらず、右証言を採用するに足りないというべきであり、仮に懲罰委員会において右問題が討議されたことがあったとしても、これが原告の懲戒解雇理由として重大視されていなかったことが窺われる。そして、東京不動産実業の監査役である右吉川は、同会社の第一五期(昭和六二年一二月一日から同六三年一一月三〇日まで)ないし第一八期(平成二年一二月一日から同三年一一月三〇日まで)の各決算報告書に添付した各監査報告書において、「取締役の職務遂行に関し、不正の行為又は法令若しくは定款に違反する事項は認められない。」旨報告している。

そうすると、成東ゴルフ場関係の金一〇〇〇万円の支出及び仮払金一一〇万円についても、被告の就業規則所定の懲戒解雇理由が存在しないか、又は解雇権の濫用として本件懲戒解雇は無効というべきである。

解(ママ)雇権の濫用として本件懲戒解雇は無効というべきである。

四  なお、原告の主張<5>についてみておくと、本件のような親会社と子会社間の在籍出向の場合には、出向先での行為は、出向元における行為と同視され、懲戒解雇事由の対象となりうるものと解すべきであるので、原告の右主張は採用しない。

五  以上によれば、原告の請求はすべて理由があるので認容することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条、仮執行宣言について同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 吉田肇)

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